あーるのあーだこーで。

コーデ週記と日々のこと。

映画「ドライブ・マイ・カー」感想。

大画面でみるべき、という話を野球仲間(なぜか)から聞き、凱旋上映の始まった映画館で鑑賞。確かに、家では没頭出来ないし中断しながら見るのは絶対に薦められない。

前から観たかったので皆さんの感想もサラーッと見ていて、改めて読み直したりしています。f:id:rno670:20220213005704j:image

 

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あらすじ

脚本家である妻の音(霧島れいか)と幸せな日々を過ごしていた舞台俳優兼演出家の家福悠介(西島秀俊)だが、妻はある秘密を残したまま突然この世から消える。2年後、悠介はある演劇祭で演出を担当することになり、愛車のサーブで広島に向かう。口数の少ない専属ドライバーの渡利みさき(三浦透子)と時間を共有するうちに悠介は、それまで目を向けようとしなかったあることに気づかされる。

Yahoo!映画より。

 

 

179分という長さを感じないのが凄い。幾つもの物語が重なりあって。

 

後半の岡田将生演じる高槻のシーンが印象的。お前が言うな、と色んな意味で思いながら聞きたくないけどそれが本当の事なのかもしれない、と岡田将生の瞳に吸い込まれてしまった。空っぽで上手く立ち回れない高槻だからこそ嘘がない。結局は自分。そして、嘘か嘘じゃないかを聞き分けられてしまう、みさき。

私は車は運転しないけど、車が家福にとって大切な空間であることは想像つく。謎めいたみさきの生い立ち。車の中で変わっていく家福の座る場所。23歳だと直ぐに解った理由。並んだ2人の手、煙草を美しいと思った。大きく曲がった道を過ぎて、無音になって。雪の中で家福が思い知ったこと。

多言語で演じられる「ワーニャ伯父さん」の台詞。リンクする登場人物たちの心情。話そのものを知らなくても車の中で流されるテープで私たちもその流れを追うことが出来る作りは親切だ。あらゆる物語の答えを導く劇中劇のラストシーンは感動的。元ダンサーで、とある理由から踊れなくなってしまったユナ。が、演じるソーニャ、を演じるパク・ユリムの雄弁な表情、唇が鳴る音。

 

娘を、妻を、一度宿した命を、母を、失った者たち。遺された者たちのやりきれなさ。折り合いの付け方。

なんでこんなに、ってほど次々蘇る。失ったことも、失いそうになったこともあるし、最近自分が死の恐怖を味わったせいもあるかも。

 

吹っ切れたような清々しさをみさきに感じたラストシーンの顔を見るに、正に今、なのだろうか。車は家福から譲り受けて(みさきなら絶対に大事にする)、ふたりはそれぞれ別の場所に生きているんじゃなかな、と私は思った。

 

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随分昔に踊ったり演劇に携わっていた自分はMDウォークマンに自分以外の台詞を吹き込んで練習したな…と思い出した。感情を入れずに本読みをするのは、監督の実際の手法らしい。ああいう多言語演劇って実際あるのかな。

中途半端に色々手を出してきた分、突き詰めた人の作り出したものを、ほんの少ーし自分なりに味わえるのかもしれない。

 

村上春樹をきちんと読んだのはノルウェイの森と1Q84(読み始めたから半ば意地)だけ。特別好きでも嫌いでもない。わざとらしい台詞とかセクシャルなシーンとかある程度は予想はつきます。そこにつまずくことはない。いきなり北海道?ブーツ積んでたの?とか多少気になるけどね。

 

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で、気になって翌日原作を読んだのですが。

大分違う。みさきの服装の雰囲気は近いかな。音(おと)の語る物語は短編集の中の別の話から。「ドライブ・マイ・カー」の映画化であり、短編集「女のいない男たち」より、という映画化でもあるような。

映画の方が好きだな。というより、別だな。高槻に尽きるかも。

岡田将生は実は「天然コケッコー」が大好きで。「悪人」でうわあと良い意味でショック受けて、ドラマ「昭和元禄落語心中」でまたこの人凄いわ。で、また今回も。

18日にブルーレイなど発売、一部配信も始まるみたいですが映画館で観て良かった、本当に。

「寝ても覚めても」好きだった。こうなると「偶然と想像」を。3月くらいから、行けそうな範囲が広がるので良い時間にかかるのを祈ろう。。

 

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