こんばんは、あーるです。今日は映画の感想「人魚の眠る家」です。見たのは去年と少々前なのですが親としてそれはそれは、突き刺さるものがありました…!実は、観る二週間ほど前に、息子が階段から8段ほど転げ落ちるという出来事がありまして(結局何事もなかったですが、あの時もし…とかしばらくどんよりした思考になってしまっていました)。なので余計に感情移入してたかも。
あらすじ
会社経営者の播磨和昌(西島秀俊)と妻の薫子(篠原涼子)は2人の子供を授かるが、現在は別居している。ある日、娘の瑞穂がプールで溺れて意識不明になり、医師に脳死と診断される。臓器提供を希望するか、このまま死を待つかの選択を迫られる夫婦は、悩んだ末に臓器提供を決意するが、薫子が一瞬だけ瑞穂の手が動いたのを見てそれを撤回する。和昌の会社が開発した最先端技術を駆使した延命治療が始まり、彼女は眠ったまま成長していくが......。
yahoo映画より
自分ならどうする?
脳死は人の死か?どうしたって自分だったらどうする?と考えてしまう。実家の母と私の間では脳死だったらもういい…自分の意思が働かないのなら意味ないよね、という話は雑談っぽくはしています(ただ、その後の臓器提供のことまで話したことはない…)。私の気持ちは実際そう。家族に手をかけさせたく、ない。でも。
実際目の当たりにしたらどうなることか。受け入れるまでの時間はやっぱり必要だと思います。
秀逸なオープニング
人魚の鱗のような瓦屋根、泡のように浮かんでは消えるオープニングタイトル。幻想的なお屋敷、転がっていったボールを拾いに、吸い寄せられるように入って行しまう少年…。
あらすじからイメージしていたものを裏切られる美しいシーン。一体どんな物語なのか…?戸惑いに自分も迷い込みそうになる始まりです。
あの「笑顔」をどう感じるか?
篠原良子演じる母・薫子は、夫の会社の若手社員の開発した、筋肉を刺激する機械で娘の治療をするのですが。
最初は献身的に面倒を見る薫子のことを(私だとしてもきっとそうする…)と思いながら見ていました。だけど、次第にエスカレートしていってしまう「治療」にいつの間にか疑問が生まれてしまう…その瞬間の突然のホラー感と言ったら。自分は傍観者だからハッと現実に戻れたけど当事者だったら…?
あの笑顔を可愛いと思うか、怖いと思うか。
薫子の妹と姪っ子の本音、会社の人達の冷ややかな目に苦悩する夫、リハビリ機械の開発者とその恋人、密かに傷ついている瑞穂(脳死と判定された娘)の弟…周りの人たちの心模様も少ないシーンで見せられます。特に川栄李奈のジトッとした視線が色んなことを物語っているようで…女の業を感じました。
「娘を殺したのは私でしょうか」
クライマックスでこのキャッチコピーが刺さります。確かに生きていたことの証明。そんなの辛すぎるでしょ…。
最後はそんなわけ、ないよね。と思って、そうだよね、という納得のラスト。
でもそこに至るまでの葛藤は痛いほどに伝わってきた。
弟くんが幸せに愛情を注がれることを祈ります。
そして、あのオープニングから見事に繋がる風景の余韻が切なく残ります…。
最後に
子どもは勿論、親、そして夫。大切な人にどう向き合っていくのか。「あの人ならきっとこう望むのだろう」と、自信をもって言える関係でいたいと思わされました。