あーるのあーだこーで。

コーデ週記と日々のこと。

違国日記、と色々。

こんばんは、あーるです。

 

読むのが勿体ない気がして先延ばしにしていた「違国日記」の最終巻⑪を遂に読み終えました。読み終えて、早速また頭から読み返したい衝動にかられています。

 

セリフの一つひとつが響くこと。

言葉を尽くして、考え抜いて、伝えることを大事に思うからこそ、言葉にしきれない「思い」を口にして良いのか悩む槙生。何で、それを言ってくれないの?とぶつかる朝。衝突して初めてわかったこと。二人の生きて、抱えてきたものが、あふれ出した最終巻がずっしり、胸にきた。最後の、卒業に寄せたメッセージも。

 

あの時、何があったかを子ども基準で思い出す、というのはわかる気がします。あの時、上の子が〇歳で、あんなことしてた頃だ。みたいに。朝と槙生は姪と叔母の関係だけど、親子だとしたってどこまで立ち入るかは、きっと朝くらいの年頃になったらもっと。考えるようになるのでしょう。

 

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何件か読んだAmazonのレビューで書かれている、電子限定版のネームは要るのか?ということについて。これは、私は見ることが出来て良かった!あんなラフに描かれているんですが、セリフも、コマ割りも、ふわっと描かれた表情も、完成されてるんですよ。そこに至るまでどれくらい時間を使っているかは測り知れませんが、こうするってのが見えているんだろうなぁと。漫画家ってやっぱりすごい。なりたいと思っていたからこそ心底思う。

…何度も「ちゃお」に投稿していた中二の頃が懐かしい。ちゃおで言うと、河内実加先生の「弥生!!」という漫画が大好きで (他、「だいすき」や「チャイルドライクワンダー」も好きです。なんならサイン会に行ったこともある位に好きな漫画家)。違国日記を読み終えてふと思い出して。

好きという「言葉」では全然足りない、けれど これが好きという「気持ち」なんだ、と気付いた時の主人公の顔アップの見開き。今もありありと思い出せます。主人公は言葉を尽くすのではなく行動で示す人でしたし、違国日記での「言葉」は 好き ではありませんが、私の中で(多分私の中だけで)あー。そう。そうなんだよ。と納得したのでありました。

 

珍しく電子なのは、2021年の年末に入院していた時に漫画を大量に持ち込めないから色々とダウンロードした漫画のうちの一作でもあったからです。購入した日付をみると、蘇る色々。

完結し、映画化することを知り、最後まで読みたいけれど終わって欲しくない。という、微妙な心持ちの中kindleのスイッチを入れたら、全く起動しなくてAmazonセールを待っても価格が変わらないので端末を買い替え、やっと読んだのでした。防水kindle良い。漫画サイトで買っていたものが読めないのは辛いけど。特に何の漫画かっていうと「夏目アラタの結婚」です。これも1月に完結しているのですが、最終回を読むのを勿体ぶってます。

 

あっちこっち、話しが飛びました。

映画は6月。楽しみです。ガッキーの槙生は顔立ちが可愛らしすぎるようにも思うのですが、背が高くてすらりとしていますから。そこはしっくりくるのかもしれません。

夏目アラタの映画化も期待と不安入り混じりますが(アニメなのか実写なのか??)見たいということは間違いない。

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